低賃金、長時間労働、偽装請負、これらの要件を満たすSESは”ブラックSES”と呼ばれます。この要件の中で1つだけ毛色の違うものがありますがどれかわかりますか?そう!”偽装請負”ですね。これだけ明確に法令違反です。ほかの2つは状況や背景がわからないと客観的な判断はつきませんが、偽装請負する企業は間違いなくブラックSESです。
そんなブラックSESに対抗するように高還元SESが台頭してきました。しかしながら高還元SESの中には”新ブラックSES”とも呼べる高還元SESが存在します。
偽装請負を前提とした高還元SES
”新ブラックSES”とも呼べる高還元SESとは、ずばり偽装請負を前提とした高還元SESです。
“未経験者歓迎”などで求職者を募り、経歴偽装で現場に送り出しあとは放置、なんてことが行われていたのが従来のブラックSESです。
新ブラックSESは”高還元”、”案件選択”を餌に経験者を募ります。しっかり法令を守る分にはエンジニアにとっては給料が上がる、自分の興味のある分野に挑戦できるなど恩恵がありますが、それが偽装請負前提なら従来のブラックSESとなんら変わりません。
偽装請負の手口は?
高還元SESで多い偽装請負の手口が準委任契約にもかかわらず自社の責任者をおかないという状態です。書類上には責任者が存在するが役割を全うしていない状態です。
偽装請負防止のためのガイドラインが行政からだされています。https://www.mhlw.go.jp/content/000852717.pdf
・準委任契約の場合作業者とは別に責任者を置くこと
・業務指示は責任者から行い、作業者は責任者以外の業務指示を受けてはいけない
・作業者と責任者は兼任できない
派遣契約と区別するため自社で社員を管理しましょうということです。
こういったガイドラインで有名どころでいえば「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。賃貸における傷や汚れを、使用者・大家のどちらに責任があるかをまとめたものですね。ガイドラインに法的拘束力はありませんが、不動産業界はほぼこのガイドラインに従って退去時費用を請求します。
しかしながら中には借主の無知につけこんでガイドラインから逸脱した退去費用を請求をする業者もいます。指摘されずに費用が入れば丸儲け、指摘されても罰則なんてたかが知れていると考えているわけです。
これのIT業界版が偽装請負で働かすSESの存在です。エンジニアが契約や法令に無頓着なことをいいことに準委任にもかかわらず常駐先からの指示で働かせます。
高還元SESがなぜ偽装請負するのか?
偽装請負すると高還元SESが簡単に経営できるからです。
高還元SESの売りは高還元(単価連動)と案件選択です。ここで課題となるのが
①コストの削減
②案件をたくさんあつめる
人件費や固定費を削減しその削減分でエンジニアへの給与を上げる。また単価連動には参画する案件に納得感が必要です。会社の命令で低い単価の案件に参画して「給与が低いと言われても、単価連動だからしょうがないよね」と言われても無理があります。そこで案件選択です。エンジニア自身に案件の決定権を与え給与への納得感を高めます。
選べるだけ案件があるということはそれだけ人を雇うことができます。人材派遣業は人が多ければ売上、利益がUPします。会社の成長には欠かせない要素です。
この課題を一気に解決するのが仲介会社の利用です。
仲介会社をはさむから
高還元SESはSES営業などSESにかかわりがあった人が独立して起業するパターンが多いです。ですが前職でのコネやつてがあるものの独立してすぐに取引してくれる会社はほとんどありません。
そこで登場するのが仲介会社(パートナー会社、ブローカー)です。
仲介会社は「案件は持っているけど人がいない」
高還元SESは「人はいるけど案件がない」
需要と供給がマッチし、お互いがお互いを補完しあい理想的な関係です。
しかしここで問題になるのが仲介会社をはさむと準委任契約しかできないということです。
準委任契約ということは高還元SESは作業を指示する自社責任者を置く必要があります。責任者を置くということはそれだけ人件費がかかり利益が減ります。そこで偽装請負です。本来だと責任者の人件費だけで売上の10%はかかるところ、このコストが丸々利益になり高還元SESの経営難易度がぐ~と下がります。
案件選択できて、しかも高還元!…は難しい
エンジニア100人、平均単価60万、還元率65%の高還元SESの収支例を見てみましょう。
案件は仲介会社から紹介してもらい、一人常駐のみを想定します。
①責任者を配置している高還元SESの収支
ガイドラインをしっかり守るため週に1度は現場に顔を出す。午前午後で1現場、責任者1人でエンジニア10人を管理する高還元SESの収支例になります。
エンジニア募集は1現場1人だけのため責任者の人件費は自社が負担します。
現場で作業しているエンジニアの給与+社保が75%。それを管理する責任者の給与+社保が8.9%。これだけで売上の約85%を占めます。これに営業、事務の人件費。また通勤手当等給料以外の費用を足すと人件費は全体の約93%にもなります。
残りの金額から求人や家賃を支払うと利益は1.0%残るかという状態です。人が増えてもそれに合わせて責任者も必要になっていくので利益は少しずつしか増えていきません。経営は非常に厳しいと言えます。
②偽装請負している高還元SESの収支
偽装請負している高還元SESの収支です。偽装請負で責任者を一切おいていないため責任者の人件費が丸々浮いて①に比べ大幅に利益率が改善されました。浮いたお金で役員報酬を増やしたり、いいオフィスに引越したりすることも可能です。
高還元SESと偽装請負は非常に相性がいいことがわかります。
責任者のコストを減らすためには
高還元SESを偽装請負なしに経営していくためにはこの自社の管理責任者を以下に減らすかが重要になってきます。
高還元SESを実現するために本社人件費や家賃などの固定費を下げることが重要と主張している経営者がいます。確かに大事ですが、それはSESに限らずどこの会社も同じ課題を抱えており改善に取り組んでいます。
そういった当たり前のコスト削減策でなく、SES特有の自社管理責任者の問題をどうしているかを説明できるかが会社選びで重要なポイントです。この問題に触れない高還元SESには要注意です。
その解決策の代表を見てみましょう。
①派遣契約を結ぶ
派遣契約の場合自社責任者を置く必要がなくなります。責任者の人件費がなくなるので案件選択を掲げるなら派遣契約が絶対条件と言えるでしょう。
その代わり客先と直接契約をしなければいけないので仲介会社を頼ることができなくなります。営業力が重要になります。
②チーム体制をメインにする
2人以上でチームを作り、責任者の費用も請求できるかたちでプロジェクトに参画します。これであれば準委任でも責任者の人件費も稼げるので偽装請負することなくしっかりと利益が出せます。
ただしどの案件に誰を入れて、だれを責任者にたてるか会社による人員の調整が不可欠です。そのため案件選択は難しくなります。
新ブラックSESのデメリット
新ブラックSESに入社することでエンジニア個々のデメリットとしては仲介会社はさむことで単価が安くなる、偽装請負による待機リスクなどいろいろありますが、大きな視点でみると派遣・SES業界全体の待遇の悪化があります。
客先の指示のもと働かせるのは本来派遣会社の領分です。派遣許可を持っていないSES会社は参入自体できません。新ブラックSESは派遣会社から仕事を奪っている状態です。しかも仲介を介することで売上が仲介会社に10~20%吸われている状況です。
仕事を奪われた派遣会社は売上が減るので給与をその分抑えないといけません。そして高還元SES自体も仲介手数料の分だけ社員の給与は下がっています。
高還元で給与が上がったと喜んでいた裏で実は業界全体の売上は減り、待遇悪化を招いている状態です。
新ブラックSESの見極め方
新ブラックSESには当然入社したくないと思います。そこで回避するためのポイントを見ていきましょう。
・還元率を水増ししてる
・派遣許可がない
・契約書を公開していない
・準委任の比率に比べ利益率が高い
・採用をどんどんしている
・偽装請負に関する話題を嫌がる
還元率を水増ししてる
高還元SESでは還元率の水増しが問題となっています。通常還元率というと自分の手元に返ってくる割合です。100万円の買い物をしてポイント還元10%であれば10万円分のポイントが付くと考えます。これが高還元SESになると、単価100万、還元率70%で給与が60万になる場合があります。これは還元率に会社負担分の社保などを加えて還元率70%をうたっているためです。会社負担分なので自分の手元に入ってこないのでこれを還元率に加えることはおかしいですが、給料が高いように見せるためこれが常態化しているのが高還元SESです。
偽装請負している会社は還元率を水増しします。偽装請負をするような会社にモラルはありません。当然還元率も水増ししてきます。つまり還元率を水増ししていない会社を選べば新ブラックSESを回避できる可能性が高くなります。
派遣許可がない
偽装請負せずに案件選択を実現するためには派遣許可が不可欠です。派遣許可がなければ準委任契約一択です。つまり自社の責任者をおく必要があります。準委任でも高還元は不可能ではありませんが利益はかなり減ることが考えられます。
利益を出すには派遣許可をとり自社責任者をださなくてもよい形で契約をするというのが一番簡単です。派遣許可もとらずに案件選択を掲げる高還元SESは回避するのが無難です。
契約書を公開しない
「偽装請負 契約書」で検索してもらうと偽装請負にならないためには業務委託契約書を正しく作成することとあります。「責任者の記載」や「指揮命令権は請負事業者(自社)にある」等を書類に記載することを求めています。
会社側は案件参画前に偽装請負にならないように「責任者は誰か?」「準委任契約なので自社以外から作業指示を受けないこと」等々客先常駐するエンジニアに説明をする必要があります。これらは上記の通り通常契約書に記載します。当事者である作業者にはプロジェクトの参画前に契約書を見せながら注意事項の説明を行うことが偽装請負を行わないうえで重要となります。単価の記載もあります。契約単価に間違いがないことを担保する上でも契約書の公開は必要でしょう。
書類上は偽装請負していないようにしている場合、契約書をエンジニアに見せることは会社にとって非常に都合が悪いです。偽装請負を認識しながらそれを隠して偽装請負していることになるので。
「守秘義務が~」など拒否の姿勢を示すところは要注意です。あなたは当事者です。契約内容の確認も仕事の内です。契約書を公開しているかしっかり確認しましょう。
準委任の割合に比べ利益率が高い
準委任の場合作業者とは別に自社の責任者が必要になります。なので準委任の場合↑で例を示した通り人件費が多くなり利益は低くなる傾向にあります。チームを組んで参画しているのであれば問題ありませんが、案件選択を掲げていて一人常駐が多い、SESが利益の大半なのに利益率が10%前後ある場合は要注意です。偽装請負の対策についてしっかりと説明を受けましょう。
採用をどんどんしている
人を採用すると準委任の場合それに合わせて自社の責任者が必要になってきます。都合よく責任者ができる人材がくればいいですが割合としては少ないでしょう。つまり教育なりして責任者として育てる必要があります。責任者がいなければ採用は一時ストップせざるを得ません。
準委任契約をメインで扱っているにも関わらず人をどんどん採用している会社はもしかしたら責任者を置かない=偽装請負をしているかもしれません。社員数が伸びている=いい会社と判断する前に、責任者はどう確保しているのだろうと考えてみましょう。
偽装請負に関する話題を嫌がる
偽装請負が発覚するのは内部からの通報です。つまり新ブラックSESの一番の敵は社員です。退職ならいいですが労基に通報され改善命令がだされればその対応に追われることになります。つまり採用段階で偽装請負を通報しそうな人をはじく必要があります。
なので面接段階で偽装請負に関してこれでもかというくらい質問しましょう。
「偽装請負防止のガイドラインは守っていますか?」
「責任者はどのくらいの頻度で現場にきますか?」
「偽装請負したら通報しますけど問題ないですか?」
これでもかっというくらい偽装請負は嫌だという姿勢を見せましょう。偽装請負しているまっとうな会社はこれで不採用にしてくれます。
まとめ
新ブラックSESは偽装請負することで人件費を削減して利益を確保するビジネスモデルです。つまりエンジニアの無知が前提の商売です。エンジニアは知らず知らずに偽装請負で働かされることになります。
後から偽装請負を通報するとしても、それによって自身の仕事がなくなるかもしれないし、賞与が減らされるなど報復が考えられます。つまりは入社しないことが大事です。幸いなことに新ブラックSESは見破りやすいです。
準委任契約
責任者が必要=人件費が増える
案件選択
一人常駐が多くなる=準委任契約だと責任者が多く必要
仲介会社
準委任契約しかできない
これらの要素を満たす場合利益は低くなります。どうやって利益を上げているのかしっかり見極めましょう。
コメント